ジャイアント白田「ギャル曽根登場後の大食いのバラエティ路線にやる気がなくなった またガチ路線でやってほしい」

1: 名無し募集中。。。 2019/10/16(水) 11:51:04.79 0
もう大食いできないジャイアント白田――全盛期は年収3000万円、「巨大食料庫」だったころ

白田は選手として大食いに挑むだけではなく、番組の作り手にもさまざまな提言を行っていた。
彼が特にこだわったのは、競技としてのルールを厳格にすることだった。

「例えば、1杯200グラムのカレーを何杯食べられるかというのを競っているのに、
盛り付け方がいい加減だと量にばらつきが出ちゃうじゃないですか。
だから、そこは『1グラム単位で細かく計量してほしい』とお願いしたり。スタッフの人に嫌がられるぐらいこだわりましたね」

大食いブームが盛り上がりを見せていた矢先の2002年に事件が起こった。
愛知県の中学生が大食いの真似ごとをして、給食のパンをのどに詰まらせて死亡したのだ。
これを受けて、各局では大食い・早食い番組が自粛されることになり、ブームは一気に収束してしまった。

白田も大食い関連の仕事を一気に失い、元の生活に戻っていた。白田は飲食店の開業を目指して調理師の専門学校に通った。

その後、ほとぼりが冷めた2005年頃から徐々に大食い番組が復活して、再び盛り上がりを見せ始めた。
白田もトレーニングを再開して大食いに挑んだが、そこにはもう彼の求めているものはなかった。

「その第2次大食いブームのときにギャル曽根さんとかが出てきたんです。
彼女は天真爛漫なキャラクターで、試合中にメイクを直すとか、バラエティー的な面白さがありました。
僕はストイックにアスリートとして大食いをやっていたんですが、
時代はもっとバラエティー寄りというか、記録を突き詰める方向性ではなくなってきて。
『これはちょっと命懸けられないな』と思って、僕としてはモチベーションが保てなかったんですね」

飲食店経営者となった今も、大食い界には一家言ある。
ライバルたちとしのぎを削ってきた白田は、大食いが再び真剣勝負の世界になってほしいという思いを捨てきれない。

「僕とか小林(尊)くんとか、あのときの世代が作った強烈なインパクトってあると思うんですよ。
大食い好きな人たちは割と『あの時代は面白かったね』って言うんです。
それをぶち破るぐらいの強烈な選手が出てきたら、
また業界は絶対に盛り上がるんだろうなって思っているんで、そうなってくれたら楽しいですね。
そういう存在が現れたら、また僕も血が騒ぐ可能性はあります。
こいつ、めっちゃすごいな、こいつと一戦交えたいな、って思うかもしれない」

トレーニングをしていない白田の体は大食い勝負ができる状態にはなっていない。本人も「もう大食いに未練はない」と言う。

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